チッタゴンにて(1)
インド東部のベンガルというところは、かつて、ベンガル語を話す人々が暮らすひとつの「くに」だった。しかし、植民地時代、イギリスがインド亜大陸をヒンズー教徒の国インドと、イスラム教徒の国パキスタンとに無理やり分けた血みどろの「分割統治」の際に、ベンガル地方もふたつに分断され、西半分はインドの西ベンガル州に、東半分は西方はるか遠く離れたパキスタンの「飛び地」としての「東パキスタン」という国にされてしまった。その後、東パキスタンではベンガル語の使用が禁じられ、西パキスタンの国語ウルドゥー語が強要された。しかし、母語ベンガル語への愛着を捨てきれなかった東パキスタンの人々はベンガル語の使用を主張して独立運動を起こし、現在のバングラデシュ(「バングラ」=ベンガルの 「デシュ」=国)になった。アジアの最貧国のひとつ。国内にはいわゆる「先進国」からのNGO団体等がひしめく。 私が訪れたベタギ村にある孤児院も、日本のそうした団体に支援を受けていた。ミャンマーとの国境近くのため、非ベンガル人(「少数民族」)の仏教徒が多い地域だ。
1993年2月13日
今日、バングラデシュのダッカから汽車とボートを乗り継いで、チッタゴンのベタギ村に着いた。
なんて素晴らしい景色!建物という建物はぜんぶ泥と藁でできている。舗装された道やコンクリートの建物がひとつもない。たっぷり生えた木々の緑。牛。山羊。直線というものが全く存在しない世界。全てのものに色がついていて、世界が濃い。視界が目に優しい。全てのものに生命が宿ったような、こんな濃密な景色の中に身を置いたのは、生まれて初めてだ。まるで、タイムマシンで「日本昔話」の世界に突然入り込んだような感じ。現実感がまったくない。
初めての海外体験って、みんなこんな感じなんだろうか。とても不思議な気持ち。