シャンティニケタンにて(10)
1993年12月23日
ポウシュ・メラという大きなお祭りがシャンティニケタンで開かれている。今日から4日間。色んな見せ物、衣類や食べ物のお店、遠くの州の特産物、即席のサーカスや遊園地など。
その一角に、バウル(ベンガルの吟遊詩人。物乞いをし、独特の宗教歌を歌いながら旅して回る人たちのこと)のグループが集まるテントを発見。ステージで歌うために、みんなここに集まってきているのだ。彼らの宿泊するテントの中は、独特の匂いと煙でむせかえるようだった。シャシャンクが、「ここは、ハシーシ(大麻)の強烈な匂いがする」と言った。
彼らの信仰は、麻薬の助けがないと実現できないのだろうか。それとも、彼らは堕落してしまったのだろうか。日本で彼らのことを聞いたとき、なんて素晴らしい人たちだろうと思った。タゴールも、彼らの作った歌や詩を心から賛美し、高く評価している。
なぜこんなに気になったのかというと、そのバウルの集団の中に、日本人女性がひとり混じっていたからだ。私の知っている人。インドに来る前、日本で会ったことがある。芯の強そうな、しっかりとした考えのありそうな女性だった。その彼女がいま、私の目の前で、バウルたちと一緒にガンジャを吸いながら、トランス状態に陥り、異常な目つきをしている。なんだか、怖くなってしまった。
いま、私には、彼ら(バウルたち)は、単なる詐欺師かなにかに見える。ベナレスあたりで、エキゾチックさを売り物に外国人漁りをしている、あのヨガの行者たちと同じじゃないかという気がする。
まあ、麻薬=堕落などと、あまり決めつけてしまうのは良くないけど。
1993年12月25日
メラで、カシミール人からショールを2枚買った。カシミールの人は、ベンガルの人たちとは全然ちがう。人種が違うという感じ。色白で、目が青く、背が高い。彼らはパキスタンの言葉、ウルドゥー語を話す。